246と真鶴の旅

ブロンプトンで国道246号をひたすら南西に進んで、真鶴岬まで行ってきた。今回はトウクリップの調整の試走でもある。定番の位置に来るように調整したところ、巡航速度が上がった。

MKSアーバンプラットフォームにトウクリップをつけると、普通のスニーカーだとペダルの中心が母指球で踏めない。よって、スペーサーを自作した。そうすると、足の母指球の位置がまさにペダルの軸の直上に来るようになり、踏み足も引き足もやりやすくなった。

ペダルの設定を変えた上でロングライドに出発した。今回は目黒から246を通って秦野まで行ってから、二宮と小田原を通って舞鶴まで行った。本当は箱根に再挑戦するつもりだったのだが、家を出た時にギアを52T/11T&15Tの重い設定にしていたので、峠は楽しくなさそうなので海沿いに変えたのだ。走行距離は109kmくらいだったっぽい。

ペダルの設定を変えた上でロングライドに出発した。今回は目黒から246を通って秦野まで行ってから、二宮と小田原を通って舞鶴まで行った。本当は箱根に再挑戦するつもりだったのだが、家を出た時にギアを52T/11T&15Tの重い設定にしていたので、峠は楽しくなさそうなので海沿いに変えたのだ。走行距離は109kmくらいだったっぽい。

  • 神奈川県真鶴町
  • 神奈川県厚木市
神奈川県真鶴町

まずは246号を下る。自転車に乗り慣れる以前は、標識の表示で「厚木45km」なんてのを見ても意味をなさなかったのだが、今は「アルバム2枚分くらいかな」とか思うようになった。どうでもいい話だが、川本真琴のキャラメルっていう歌で「246沿いのファミレス」って節があるのだが、桜新町のロイホあたりだろうか。

小田原方面に向かう際に1号と246号のどちらを使うか悩ましい。距離的には246号の方が得なのだが、坂が多いのでどうしても敬遠しがちだ。とはいえ、すずかけ台を過ぎると台地になって意外に走りやすくなる。アンダーパスやオーバーパスも意外に自転車で通れるので、そこそこの速度で走り抜けられる。

相模川から先はいつも南下してしまうのだが、今回は初めて246を貫いて秦野方面まで行ってみた。道中にビッグモーターの店を何個も見かけて、諸行無常を感じた。背景に映る雄大な大山との対比がなんとも。

秦野に入る前の善波トンネルの手前が若干きつい坂だったが、それ以外は走りやすい道だった。それにしても、1号に比べるとアウェイ感があるのはなんでだろう。

20年ほど前にインターンで来ていた富士ゼロックスの中井研究所に寄ってみた。今は社名も変わってしまっているし、研究部門もみなとみらい21に移ってしまって、ただの地方事業所になってしまったみたいだが、なんか懐かしかった。薄暗い室内の区切られたブースでみんな黙って仕事しているのとか、話すと朗らかで知的な研究者の人々とか、終バスを逃すとかなり離れた駅まで歩くことになって地獄なのとかが走馬灯のように思い出される。しかし、研究所をこんな僻地に作る理由がいまだによくわからん。誰得なんだろう。

11時過ぎに家を出たのだが、小田原に着いたのは15時過ぎだ。80km超の距離を4時間で走ったことになる。食事休憩とか写真撮影とかも込みでこの時間なので、走行時間は3時間半くらいとすると、平均23km/hくらいの速度で走ったことになる。これはブロンプトンとしてはかなり速いので、自分でも驚いた。ペダル効果か。

ここのところ何度も来ている小田原はサクッと通り抜けて、いつも渋滞している135号で熱海方面へ。江ノ島と鎌倉の間の134号もそうだけど、山がちな地形の海沿いの道が混むのは宿命みたいなものだ。

根府川の手前で旧道(県道746号)に乗り換えると、坂は大変だが、忘れ去られたように静かな道を走れて気持ちが良い。

8kmほど走ると、真鶴に着いた。この街自体が、時代に忘れ去られたような存在で私は好きだ。小田原と熱海に挟まれて、温泉があるわけでもなく、ちょっとした漁港と岬があるだけで、話題になるのは町議会が揉めていることくらいの街。とはいえそんなに寂れているわけでもなく、心落ち着けて住むには良さそうな感じもする。

せっかくなので、真鶴岬にも行ってみた。ここに来るのは二回目だ。強いて言えば沖に奇岩があるが、取り立てて珍しいものがあるわけでもない岬だ。東側を向いているので夕日が見えるわけでもない。まあでもそんな感じが真鶴っぽくていいのかも。

おまけ。長野の親の家で野焼きと芋掘りをしてきた。雑草を刈り取る作業を3週間前にしてあり、乾燥した雑草を焼くのが今回の作業だ。刈り取るだけでは繊維が硬過ぎて、耕運機に巻き付いてしまうそうな。なので、集めて焼いておき、冬前に耕運機をかけて土に混ぜ込んでしまう。なぜ冬前に耕運機をかけるかというと、残った雑草の根を引きちぎって根絶やしにするためだそうな。草を集める作業は刈るのと同じかそれ以上に重労働だった。家庭菜園レベルの畑でこの大変さなのだから、農業ってのは全く楽じゃない。「引退して悠々と畑仕事」みたいなのは幻想であると気付かされた。