東日本縦断23日目(東京)
- 東京都世田谷区
- 群馬県上野村
- 埼玉県秩父市
- 埼玉県所沢市
22日目は東御市の家で農作業などしながらまったりして、23日目は東海から上野村と秩父と所沢を経て世田谷の自宅まで207km走った。
22日目は、畑で採れたトマトやらスイカやらを食べてまったりした。水没したスマホは絶望的に直らなかったが、まあ仕方ない。



最終日。どうやって東京の家まで帰ろう。既に軽井沢経由と諏訪経由と松本経由は走っているという話を親父殿としていたら、「同じ道を走っても仕方がない。十石峠を越えなさい」と言われた。彼の話を聞くと若い頃は結構いろいろ旅をしていて、私なんかまだまだだなと思わざるを得ない。で、十石峠越えのルートを出してみると、どう考えても200kmを越え、獲得標高も3000mを超えるので躊躇した。とはいえ、宗谷岬を経験した私としては、200km程度なら走破できることは分かっている。できるのにやらないというのは、ヘタレているだけだ。ゆえに、やる。
東御を出て佐久に向い、そこのツルヤでおやきを購入。さらに北上して佐久穂まで行って、そこから東進して十石峠に向かった。


国道299号。長野県茅野市から埼玉県入間市に至る道だが、十石峠付近は「酷道」とも言われるらしい。車線が狭くて道が荒れているのと、崩落等でしょっちゅう通行止めになっているのが理由だ。よって、敢えてそこを通る人は少ないのだが、東信地方から東京に向かう最短ルートでもある(とはいえ葛折りが多いので実際の道のりは最短ではないらしいが)。という情報を得ていたのでビビっていたのだが、実際に走ってみると何てことはない普通の道だった。激坂も全くなく、箱根なんかより全然楽だ。


カーブの各々に番号がついていて、長野側からはそれをカウントダウンして上る感じになる。


峠に着いたが、全然辛くなかった。おそらく長野側の方が標高が高いからだとは思う。展望台はスズメバチの巣になっているらしく残念ながら立ち入り禁止だった。



峠で出会ったオジサンに飲み物をもらった。私のドリンクボトルが空になったのを見ていたかららしい。めっちゃぬるかったけど、優しい気持ちが心にしみた。

さて、群馬側は、確かに酷道だった。道が狭く、斜度がきつく、路面が荒れまくっていた。飛ばして降りる気には全くならなかったので、そろりそろりと下山した。




上野村の集落に降りて秩父方面に向かうと、すぐに別の峠が始まった。志賀坂峠である。とはいえ、このレベルならもう慣れたもので、辛いとも全く思わなかった。よっぽどの激坂でなければ、適切なギアを選択すれば何てことはないのだ。


志賀坂トンネルを抜けると、埼玉県に入る。我が故郷よ。



ひたすら降って、小鹿野町の小鹿野神社。バイク神社としても有名なので、オートバイで訪れたことがある場所だ。自転車で訪れるとまた違った感慨がある。



さらに進んで、秩父駅と秩父神社。この神社は秩父の夜祭りで幼い頃に来た記憶があるが、大人になってからは初だ。


秩父といえば、武甲山。石灰岩採掘で削られすぎてピラミッドみたいになっていて痛々しい。人間の傲慢さを表すオブジェとしては芸術的ですらある。

秩父から飯能に抜けるには正丸峠を越える必要があるのだが、この正丸峠のおかげで楽々だ。

その後は、東京までひたすら下り基調になる。今まで登りを頑張った分のご褒美であり、ずーっとずーっっと下っていくことになる。で、気がつくと所沢市に入っていた。こここそが我が故郷だ。



どっぷり日が暮れて、世田谷の経堂駅に着いた。23日に渡る長旅でも幕引きはあっけない。感動というより、とにかく疲れたからシャワーを浴びてから寝っ転がりたかった。

旅の全体の道のりは以下のようになった。走行距離の合計は2700kmくらいだ。

旅を終えて得たもの。特に新しいものは無いが、敢えて言えば、分割統治の重要性を再認識したことだろうか。大きな課題も、小さな課題に分割してから各個撃破していけば、いずれ達成できるみたいな。そして体力。そんじょそこらの峠では足つきする気がしなくなった。あとは、自分の忘れっぽさを前提としたダブルチェックの重要性とか、その他もろもろの細かいライフハックをいっぱい得たような気がする。
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